離婚後に後悔しないために、夫婦であるうちに話し合っておくべきことはたくさんあります。

例えば・・・

子供に関わることとして、親権や養育費、そして面会の取り決めや名前のことなど。

金銭に関わることととして、慰謝料、財産分与、年金ことなど。

離婚前にしっかりと取り決めをしておかないと、後悔することになりかねません。

特にお子さんがいる場合の離婚は、経済的な問題を考慮しておかなくてはなりません。

そして離婚問題は法的な知識が絡んでくるため、優位に取り決めを行なうにはそれなりの知識が必要となります。

そこで活用したいのが、無料の離婚相談です。

高萩市では「高萩市社会福祉協議会」による無料相談が開催されていますので、離婚のことでお悩みの方は活用してみてはいかがでしょうか?

相談を受ける前には、予約方法、日時、相談内容などは必ず確認して、相談内容は事前にまとめておくなどの準備はしておきましょう。




高萩市で利用できる無料の離婚相談

1.弁護士による法律相談

高萩市社会福祉協議会では弁護士による法律相談を開催しています。養育費、親権、慰謝料などの離婚問題でお悩みの方は是非ご活用下さい。詳細は予約時にご確認下さい。

開催日:月1回程度

会場:総合福祉センター内

予約先:高萩市社会福祉協議会

電話:0293-23-8341

また上記以外でも弁護士会、法テラス、家庭裁判所などでも無料相談が開催されています。

詳細は当サイトトップページの「茨城県の離婚相談」で確認下さい。




年金の手続き

□離婚時の年金手続き

離婚により厚生年金などの加入者の扶養が外れたときは、年金の手続きが必要となります。

用意するもの

1.本人の年金手帳(又は基礎年金番号がわかるもの)

2.扶養からはずれた日がわかる書類(資格喪失証明書など)

3.離婚日がわかる書類(戸籍謄本など)

4.印鑑

問合せ先:市民課 管理G(本庁舎1F)

電話:0293-23-2116

日立年金事務所

年金事務所では、年金相談が可能です。

所在地:日立市幸町2-10-22

受付時間:平日:8時30分~17時15分

電話:0294-24-2194




離婚届の手続き

高萩市の離婚手続きは・・・

開庁時間:平日:8時30分~17時15分※開庁時間以外は預かりのみとなります。不備がある場合は、修正・再提出が必要となるため、平日に提出するのがおすすめです。

問合せ先:市民課市民G(本庁舎1F)

電話:0293-23-2116

離婚届を出す前に、まずは必要書類、受付時間を必ず確認しましょう。

協議離婚なのか?裁判離婚なのか?離婚後の名前はどうするのか?

などで必要書類が異なりってきますので、2度手間にならないようにじっかりと事前準備しましょう。

高萩市のひとり親家庭の支援

子育て支援課子育て支援G(本庁舎1F)

・児童扶養手当

電話:0293-23-2129

保険医療課国保・医療福祉G(本庁舎1F)

・ひとり親家庭等医療費助成制度

電話:0293-23-2117

社会福祉課社会福祉G(本庁舎1F)

・特別児童扶養手当

電話:0293-23-7030

高萩市役所※相談の日時や予約の確認は、高萩市役所ホームページでご確認下さい。


開庁時間:平日:8時30分~17時15分

所在地:高萩市本町1-100-1

代表:0293-23-1111

高萩市の離婚事情

高萩市の離婚件数の推移です。

平成元年:40組
平成5年:57組
平成10年:69組
平成15年:66組
平成20年:56組
平成25年:46組
平成26年:50組
平成27年:45組

なお茨城県の平成28年の離婚件数:4817件、離婚率は1.68です。

全国の離婚率は1.73となります。




離婚エピソード:『父親の借金で離婚した母のシングルマザー奮闘記』

私が高校1年の夏に父親の借金を理由に離婚を決断した母。

弟はまだ中学二年でした。

私はいわゆる進学校と言われる高校に在籍していたのですが、家庭の事情を学校に相談し、特別にアルバイトを許可してもらいました。

私のアルバイト代は学費や教材費に充てていましたが、母はパートで朝早くから夜遅くまで身を粉にして働き、私たち兄弟に金銭面での苦労をかけまいと日々努力してくれました。

弟は勉強もスポーツもできる賢い子供でしたが、彼の進学の時に我が家は大揉めとなってしまいました。

理由はというと、野球を幼いころからやっていた彼が進学先に選んだのが私立のスポーツ名門校だったからです。

公立でもかなりランクの上の高校に進学できるくらいの成績だったので、母としては公立高校に進学させたかったのですが、弟は彼の人生で初めてと言っていいほど反抗して私立の高校進学の道を選びました。

幸い特待生として入学したので公立よりもお金のかからない状態だったのですが、スポーツの特待生は部活で故障して選手として活躍できなくなると全額負担しなければならないリスクを背負いながら、高校3年間を無事に過ごせるかどうかは母の大変な心労となっていたことは確かです。

私は一足先に無事高校を卒業しましたが家庭の金銭面のことも考えて大学進学はせず就職の道を選びました。

私の就職先は東京でしたので、実家を離れて一人暮らしが始まりました。

上京して3年目のある日、それまでの心労と疲労が重なったのか、母は子宮がんを患ってしまいました。

離婚、子育て、パート、弟の進路、私の就職など、今思えば母の苦労は並大抵のものではなかったと思います。でもそれをおくびにも出さず、いつも笑顔で頑張っていた様子は同じ女性として頭の下がる思いです。

今では私も結婚をして家庭を持っていますが、同じことが果たしてできるだろうか、とふと考えることがありますがとても真似できそうにありません。

がんはすっかり完治しましたが、親孝行できるうちにしないと、と常日頃思っています。